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有馬記念2017

勝った時しか話さないのがパチンコと競馬

 

ということで今年の〆とも言うべき競馬(G1)の大舞台、有馬記念

獲りましたよ、馬連とワイド

 

 

まぁ今年のトータルで言えば大儲け、なんて言えない戦績ではありますがそれでも去年までと比べたらまだ勝っている方かと

 

基本、カタい勝負は避けるのでキタサンブラックは今まで避けていたもののやっぱり最後の舞台となると見えないチカラやら見えるチカラやら働くものだと思い、だったら二着三着を当てに行こう

 

そう思ったもののそれでも外国人騎手(多すぎ)の存在に悩みながらふと目にしたのがヤンキーズのマー君こと田中投手の予想記事

 

”あえてクイーンズリングを本命にしキタサンがそれに絡む”という見方を読んで、ああそういえば昨年はサトノダイヤモンドでルメールがキタサンを抑えて一着だったな、、、と思い出しそれならまったくナシではない、と思いながら幾つか予想したうちの二つがまさかの的中

 

ごちそうさまでした

 

とはいえ馬券は勝ったけど乾杯というより何だか完敗(清々しい)気がするのはやっぱりあの怪物の走りっぷりを見たからでしょうね

 

「本当に強い馬は最後の走りで見せる馬」というような事を藤田伸二・元騎手は著書で書いておりましたが最初から最後まであの走りっぷりを目の当たりにしたらもう強いどころじゃないでしょ

 

バケモノでしたねほんと

 

ということで初の有馬勝ち、今年のレースはこれで、、、、

 

あと一回あるやん!

 

ギャンブラーか!

 

m(__)m

お客さんはカボチャではない

今年二回目の”演劇ライブ”と名付けた(自称)ツアーも終り、本来なら脱力感に襲われている頃合いなのだけれど、正直、まだ余力があるというか緊張感が抜けていないというか

 

おそらく今回は(今までやったことのない)初日公演から次の公演まで一週間近く間隔を開けたこと、による「まだある感」が感覚として残っているから、かもしれない

 

それが吉と出たのか凶と出たのかはわからないし考えるつもりもないが一つだけ言えるのは間隔を開けた試みは結果的に「面白かった」と言う事

場所が変わる事のよって細かい部分でのアプローチ(時にネタ)を若干変える試みも出来、それがどんな化学反応を起こすのか、という楽しみがあっての「面白さ」ではあるのだが、一方で前回感じたある種の不安というか緊張感

 

ところ変われば雰囲気も変わる、スペースも違えば舞台の雰囲気もまるで違う、しまいには客の反応まで別物、というあの独特の緊張感

 

前回も感じたが今回ほど痛感したことはないだろう

 

誤解を恐れずに言えば古川は「ライブ」を楽しみに来たお客さん、一方で高山は「観劇」に来たお客さん

すべてがそういうお客さんだとは言えないがそういう雰囲気の違い、と言えばわかりやすいだろうか

 

勿論、場内の明るさからセッティング、舞台の高さまで雰囲気がまるで違う両日

お客さんのスタンスも変わることは当然だし、待っている間の気持ちの持ち方も違ってくるのは仕方ないとも言えるが、たとえば前説での反応

本来、前説というのは必ずしもやらなきゃならないわけではなくあくまで「上演中の注意事項の説明」

待っているお客さんへの場繋ぎ的な意味合いもあるが今までのように普通にやるよりも”掴み”になればラッキーかな、という思いもあり、急遽、漫才のようなスタイルでやってみようという思いつきで前々日に簡単な流れを書いたものを相方に渡し、半分はアドリブ的な感じで試しにやってみたわけである

 

初日の古川では洒落というか出し物的に受け止めてもらえたようでお客さんの反応も良かったしそこそこ場が暖まったのではないかと感じた(勘違いでない事を祈るが)

ところが高山では同じような事をやったものの反応はイマイチ(もっともミスもあったし緊張もしていたのでやり方がまずかったというマイナス点はあるが、、、)というか想像しなかった事に中には洒落が通じず本気で注意事項を説明していると思われた方も居るようで、ふと目が合った瞬間、真顔で聴いているお客さんを目の当たりにして血の気が引くのを感じたほど

 

勿論、お客さんに責任はないし、お客さんを責めるつもりは毛頭ない

そもそも漫才的なモノを観にいらしたわけではないから「今のナニ?」と思われる方がいても不思議ではないし芝居を観に来たんだからさっさと芝居を見せろと思う方にとっては冗談や洒落など不要なのかもしれない

 

そういえば昔、昼夜公演があった際には「昼間のお客はカタイ」という都市伝説のようなものがあってつまり「ウケが弱い」という意味なのだがまさにそれに等しい空気、、、

 

いや、そんな事に戸惑っていてはいけないのだ

場所が違おうとやることは同じ、やるべきことをやるだけ、そこで楽しんでもらえればそれでいいのである

 

ところでそもそも「演劇ライブ」と名付けたのは何故か

 

演劇、ってナマモノだから今更「ライブ」だなんて言う必要がないと思われるかもしれない

しかし演劇はバンドなどのライブと同じように舞台上で表現する娯楽にも関わらずいまだに「発表会」的な受けとめ方をされている

 

「よくあれだけの台詞を覚えたね」という褒め言葉(ではないのだが)がその最たるものだろう

バンドで演奏しても「よくあれだけの曲を覚えたね」などとはほとんどの人は言うまい

それはつまりカラダで感じるものではなく理屈やアタマで解釈しがちな演劇のサダメでもあるのかもしれないけれど、芸術とか何とかいう前に本来、もっと普通に楽しめるものじゃないか

 

そう考えてまずはスタイルから

照明も出来るだけ簡素に(可能な限り工夫はしたいが)装置もシンプルに(想像力を掻き立てる事が出来ればいいが)、どこでも持ち込んで出来るようなカタチと人数(ホン次第になるが)

さらに飲食をしながらリラックスした状況で楽しんでもらえるような空間

そんな感じで気軽に足を運んでもらい欲を言えば少しだけ脱日常というか非日常的時間を味わってもらえれば、、、

 

それが「演劇ライブ」と称した理由

 

ついでに古川のような演劇不毛地帯(と当時は呼んでいたがまったくの見当違い、むしろ不毛地帯は、、、)というアウェイな場所であえてやるという実験的なコトもやってしまおう、という試み

 

それはすぐに定着するものではないと思っているし最初からうまくいくとは思っていない

それでも何度か公演を重ねることによってジワジワと浸透していけば、などと思ってのコト

 

二度目は前よりも結果を出さないと、というプレッシャーがあったが本当は三度目が勝負、なんだろうな、と

 

今のこの探偵もののシリーズの強み(?)は一話完結可能、で毎回ゲストのような感じで誰かを呼べること

固定キャラがあってそこに絡む誰か、とか固定だったと思ったら次は違うキャラで登場、なんて遊びも出来る

一方で固定キャラありきの制約もあったりして定着すれば面白いが逆にいえば新鮮味を保つのも難しいという点がある

 

なんであれ、お客さんに面白がってもらえるような「演劇ライブ」として定期的に出来るようになれば、なんて理想だけは先走っているわけだが

 

続けられるのも志に賛同してくれるキャストの存在、そして何よりもサポートしてくれるスタッフがいてこそ

そういう人材(?)を増やしていくく為にも常に模倣ではない新しいチャレンジが必要なんだろうと思ったりする

 

あぐらなどかいている余裕はない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気がつけば、冬の足音、か

お馴染みの「気がつけば」シリーズでござい

 

...というわけではないけれど気がつけば秋どころか冬の寒さに身も竦む毎日

 

そんな中の寂しいニュース

 

「エンケン、死す」

 

エンケン...勿論、俳優の遠藤憲一ではなく遠藤賢司

 

『純音楽家』を名乗り最近まで精力的にライブ活動を行いエネルギッシュかつエキセントリックな立ち振る舞いも健在

...かと思いきや実はガンと闘病中だという事は聞いていたが昨日の朝の「昏睡状態に」からまさかのその晩の訃報

 

夕飯時だったせいでカレーライスならぬ炒飯を食べながら思わず泣いてシマッタアルヨ...

 

そう

世間では、”カレーライス」などのヒット曲がある”と何かと「カレーライス」ばかりが取り上げられるがあれは確かに名曲だけどやっぱりフォークという出自を超えたパンクとも言えるほどの激しい曲があってこそのエンケン

 

たとえば『不滅の男』(スタジオヴァージョンは時代のせいか軽すぎてイマイチだがライブバージョンは滅茶苦茶カッコいい)なんかはもう何度聴いても血沸き立つというかモチベーションが上がるというか

 

よく「勇気をもらう」などのフレーズがあって正直そういうのって恥ずかしくね?って思いがちなのであるが恥を忍んで告白するとこの曲に幾度となく救われた時期があった

 

思えば音楽はその時その時で人のココロに寄り添うモノがあるわけであの頃がまさにそれ

エンケン一色、とにかくエンケンだけ聴いていれば良かった

それくらいにエンケンの曲が好きだった

 

中でもアルバム単位で聴きこんだのがこの『満足できるかな』(無人島アルバムの一枚に選びたい名盤)

 

 

エンケンといえばニール・ヤングの影響を隠さないほど特に初期の頃はニール・ヤング風だったりするのだがフォロワーというよりもエンケンそのもの

 

ただ...正直いってエンケンに夢中になっていた頃はそれほど長くなかった(そもそもそういう性質なのでまた時間を置いて久しぶりに取り出してやっぱりいいな、と繰り返し聴くパターン)

ある時期からあまりにも「純音楽家」という看板を前面に出し過ぎてエキセントリックを通り越したイカレた親父みたいになってきたのについていけなくなったというのもあるが、先述したようにその年代として他に聴くべきオトがあったから、かもしれない

 

とはいえエンケンは自分が曲を書き、アコギをかき鳴らし始めた頃に強い影響を受けた人でもあるし、心に寄り添ってくれたミュージシャンであることに変わりはない

 

寂しいが、最期まで闘い続けた”不滅の男”に感謝してご冥福をお祈りしたい

 

ありがとう、エンケン

 

 

 

気がつけば、秋

ご無沙汰してます

 

気がつけば季節はそろそろ秋の気配、といった感じでしょうか

まだまだ暑い日は続いておりますけど夜の空気が全然違いますものね

 

さて

 

ここもすっかり放置していたわけですが病んでいたわけではございません

...気持ち的には或る意味、病みかけていた、というか闇を駆けていたというか

仕事関係でバタバタ

芝居関係でバタバタ

なのに時間だけは無情に過ぎていく

そんな中、どこかで気持ちに余裕が作れなくなったりして気疲れしてはおりますがとりあえず稽古後のビールは美味しいです

 

...美味しく感じられなくなったら辞め時、なんでしょうか

わかりませんが今はどんな状況であれ、とにかく走り始めた列車は止めるわけにはいかないのです

 

裏方としては頼る者もほぼ居らず今まで以上に孤独な作業が多いですが自業自得というか自分で蒔いた種ですからね

アタマを柔らかくして向かえばなんとかなりますよ多分

 

最近はテレビドラマもほとんど観てません

まぁ観たいドラマがほぼ無い、というのもありますけどね

あとは某BSと契約しちまったせいで録画が貯まっていてそれを消化するのに精いっぱいというのもありますが

ちなみに今観ているのは『過保護のカホコ』です

過保護以上に発達障害?と思わせるようなキャラはともかくあり得ないような展開が何だかハマってしまって結構楽しんでます

A太の探偵モノはしょうもないパロディとかは笑って許せるとしてもドラマとして面白みがないので3話でやめました

(探偵じゃない便利屋の『まほろ駅前』シリーズの方が数倍面白かったのにね、同じ演出なのにこの差って...)

 

ギターは弾いてません、がやめたわけじゃありません

休業、という風に解釈してます

 

タップはたまにやってます

自己流なので限界を感じた時もありますがこないだ久しぶりにやったら足が軽くなったのか余計なことを考えなかったせいか前よりも自由な感じで踏めました

ボチボチやりますよ、ええ

 

あれもこれも同時に出来ないんです

 

そういえば海、行ってないなぁ

 

ここ数年は行きたいという衝動さえなくなっている

そこがちょっとマズイというか...

 

あと二年もすれば波平さんの年齢ですからね

バカボンパパの年齢を数えていたのは遠い昔

 

嗚呼無情

 

アームジョー

 

キングジョー

 

 

 

って関係ねし

 

 

 

 

トラウマ映画

人は誰しもトラウマになりそうな経験のひとつやふたつ、あるもの

 

実体験はさておき、子供の頃に観た映画が、なんてこともよくある話で

私目はと申すとたとえば『悪魔のシスター』のシャム双生児手術場面...が子供の頃に観た悪夢のように心に刻まれていて、それが何の映画かわからないまま大人になり、ようやくそれがデパルマのその映画だった、と知ったりして、さらに『犬神の祟り』(日本映画)をやっぱり子供の頃に映画館で予告編を観た記憶があり、それがとにかく怖くて

『サスペリア』の「決して一人では観ないでください」よりもむしろこっちの方が怖かったなんてことも

 

これも結局DVD化されて大人になってようやく落ち着いて観れたものだが大人になってからだとそれほどでもなかったりするから寂しいような可笑しいような

 

とはいえ、大人になってから観る映画もたまにトラウマになることも少なからずあって

たとえば『Bell from Hell』(日本未公開映画)というたまたまYoutubeで観た昔の映画などは全体を覆う陰鬱なトーンもさることながらかつて人気のあった美青年ルノー・ベルレー(『個人教授』の人ね)が無表情で復讐を重ねていく過程で牛の屠殺場で働くシーンがあったりしてこれがまたリアルで...というかリアルにやってて、その場面などは牛の断末魔の叫びが途絶えることなく続くものだから耳に残ったりして不快指数100

 

 

 

あと最近レンタルで観た『グッドナイト・マミー』というなかなか優れたスリラー映画は予想以上に不快指数が高く、しかも子供(双子)が淡々としていてキャラも演じ分け(って双子なんだから分けてって表現も変だが)ていてそこに大物のゴキちゃんが多数加わるものだからもう...人によっちゃトラウマ必至

 

 

このポスターで想像した印象は途中からガラリと変わって↓

 

 

ああ、これ以上はネタバレになるので言えないけど(って途中からピンとくるひとはわかるだろうけれど)

 

子供の出るスリラーってわりと怖さ倍増、ありがちじゃね?

 

そうだトラウマついでに思い出した映画『アレックス』

途中で出てくる「ブヒニャ」っていう音(人の頭を叩きつぶす音)がね...もうトラウマ必至ですよ

映画全体も不快指数高いけど

 

あとは芸術映画ぶっているけど観終わった後の不快感半端ないピーター・グリーナウェイ監督の『ベイビー・オブ・マコン』の「ネクスト!」っていう掛け声(?)しばらく耳から離れなかったっけ

 

ってそんな映画ばかり観ているんかい!

 

 

トラウマ体験に飢えている人にはおススメですよ、ほんと

 

 

ということで

あなたのトラウマ映画、教えてください